Mariko Sugano  Exhibition 2010 PATHOSCAPE

Mariko Sugano exhibition

PATHOSCAPE

Mon.5 - Sat.10 Jul. 2010

Gallery Kobayashi, TOKYO

opening performance  by Yurihito Watanabe

 

菅野まり子展

PATHOSCAPE パソスケープ | 病める光

2010年7月5日(月)〜10日(土)

コバヤシ画廊企画室(銀座)

オープニングパフォーマンス:渡邊ゆりひと

 

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The earth, said he, hath a skin; and this skin hath diseases. One of these diseases, for example, is called "man."----- Friedrich Nietzsche "Thus Spake Zarathustra"

"Pathoscape", the theme for this show, is a neologism created by artist herself. It means some perspective lighted up both with disease and passion.


==== works presented ====

1. "Voici mes mains qui n'ont pas travaillé"
2. Faraway Thunder
3. Listen to the Unknown
4. Forest of Treatment
5. Stellar Wind
6. Sweet Thirst

all works painted in 2010/ 194.0x130.3cm / acrylic, pigment, Japanese paper, pencil, oil on canvas

See also some pictures from the opening performance  by Yurihito Watanabe. He sang by improvisation without accompaniment and read a short text written by Sugano.

 

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「地球は皮膚をもっている。そしてその皮膚はさまざまな病気を持っている。その病気のひとつが、例えば人間である。」
ニーチェ『ツァラツストラかく語りき』第二部「大いなる事件」より
 
 人類の祖先が二足歩行を選んだときから腰痛は宿命づけられたと言われるが、美術史家アビ・ヴァールブルクは『蛇儀礼』講演の中で、階段という道具、「登る」という行為について、忘れ難い一遍のアフォリズムであるかのような、次の一行を残している−−−「空を見上げるということこそ、人間にとっての恩寵であり、また呪いでもあるのです。」
 おそらく、無理に立ち上がって掴みどころの無い頭上に何かを名づけたときから、不明瞭なもの、判別し難きものに対する人間の名づけ癖が始まった。身体の不調は、野に住む獣にとって、じっと耐え忍ぶ時間に過ぎないが、人はそれを「病」と呼び、原因を探り克服しようと工夫を凝らす。
 立ち上がったとき以来、空に翳された両の手は、常に不分明な領域をまさぐってきただろう。虚空にひらめくその二片は、道具を使い、知恵を生み、感情を表現し、文化を築き、健康や富に恵まれたより良き生を目指し、それらに充たされぬところに対して(時には強引に)施療を施してきた。だが言うまでもなく、その行程は途上にあり、苦悩と可能性は常に未来へ託されてきた。
 そもそも、ウィルス感染後の高熱は、自身の身体が外敵と闘っているからだという。発熱や歯痛という症状は、「余所者」の侵入を知らしめる徴(サイン)である。つまり、不調や痛みといった症状は、個体を存続せしめようという強力な想念のようなものから発せられるのかもしれない。≪なぜ「私」は存続したいのか?≫その正答がやがて見出されるのかどうか分らないが、人が経験しうる歓喜や苦悶の内に、答え無き問いかけが存在する。それは、人類というコロニーが共に空を仰ぎ見てしまって以来、長らく抱える症状であり、不治の病の一つに由来するような気がする。
 地球上で太古より迸る生命は、閉じられた門から跳ね駒のように飛び出して以来、おのれの行方も知らず、開放感と焦燥のうちに永らく迷走しているのだろうか。その掻痒の最たるものが、ひとつの星を蝕んでいるのだろうか。
 
 展覧会タイトルの「pathoscape(パソスケープ)」は作家の造語である。英和辞書によると「patho-」は、≪病気≫を表す接頭辞で、よく知られたギリシア語の≪パトス(情念)≫に由来し、「-scape」は、≪・・・景≫を表す。
「病」と「情」が分かち難く同じ光源となって照らし出す、いくつかの景色である。

==== 出品作品 ====

1. "ここに働かざりし両手あり"
2. 遠雷
3. 未知を聴く
4. 施療の森
5. 恒星風
6. 妙なる渇き

すべて、2010年制作/194.0x130.3cm/キャンヴァス、アクリル、顔料、和紙、鉛筆、油彩

 

2010年7月5日のオープニングでは、渡邊ゆりひと氏がパフォーマンスを行いました。カウンターテナーによる無伴奏の即興歌と共に、菅野が今回出品作品を制作中に書き散らした断章を朗読していただきました。(以下掲載)

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"ここに働かざりし両手あり"
取るに足らない
いのちの枝葉(えだは)
花の下 擦れ違う人々の
流れに漂う 紙の二片(ふたひら)

耐え難き星々の輝きよ
責め立てる一つ眼より
さらに眩く 冷たく
この悴(かじか)んだ肉体を
俎上でついばむものらよ

ここに燃え上がる両手あり
爛(ただ)れた無為と
鈍色(にぶいろ)の痛み
床(とこ)に根付いた諦念は
皓々と 先を照らし行く

渇きではなく充たすため
樹液に群がる
黄金虫(こがねむし)らの
木々の陰 陽(ひ)を集め行(ゆ)く
遠い叡智をふり仰ぐ

 

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