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Dec 2010
Posted in Blog, Monologue by arbor inversa at 04:45 pm | No Comments »

遥か以前に、私は街道で生まれた。憶えている限り最初に居た場所に耳を澄ますと、靄のように煙った靴音が聞こえる。土砂混じりの貧しい路面を、鈍い音ばかりが行き交っている。解れた緞帳のような記憶を手繰る。あれは物乞いだったのだろうか、身をゆすりながら歌われる呪詛のような念仏、小さな縫い目のような声を感じる。まだ、牛馬の幾頭かが使われていた。獣毛と唾液の臭気が鼻腔を通っていたはず。だが、思い起こす限り、其処は無臭の国。遠い夢に訪ねたような、果ての国。

 

記憶の淵に潜んでいたものは、決死の覚悟でその根を切って、やがて、徐々に浮かび上がってくるだろう。

 

そのとき、既に星々は眠っていた。熱の無い日輪が上がり、無慈悲に、当然のように、朝露を吸い上げていた。通りでは日々の暮らしが始まり、おびただしい足が交わっていた。ありとあらゆる隙間に身を寄せ合う、名も知れぬ草花の群れの、その中から私は見ていた。目の前で踏み潰される小さな花。彼女が、一杯に抱え込んでいた花粉。そんなにも多くの黄金。薄桃色の花弁が、泥に這い蹲る瞬間に放った香気。その一瞬の嗅覚の覚醒。たまらずに手を差し伸べようとして届かず、声にならない叫びが宇宙(そら)の漆黒に凍り付く。

 

そこでは、私もまた、路傍の花であった。



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