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Dec 2009
Posted in Blog, Mnemosyne by arbor inversa at 02:42 am | No Comments »

----------  「彼らは物食うように我が民を食らい、また神を呼ぶことをしない」詩篇53

フランス国立図書館の画像アーカイブ ”Mandragore, base des manuscrits enluminés de la B.n.F.” で見た一枚の挿画から、2005年に「メランコリー」展(グラン・パレ、パリ)で見たサトゥルヌスと人狼へ、そして、罪人たちを食むサタンの口音だけが響く地獄の最下層へ・・・・

 

 


 

BnFfrancais3_f277v

ギュイアール・デ・ムーラン『歴史物語聖書』より「愚かな人(詩篇第52)」

Bibliothèque nationale de France, Département des Manuscrits, Division occidentale, Français 3, Folio:277v
Guiard des Moulins "Bible Historiale"

 

 

 

 

 

Getty_MS.1,V1,_f284

ジャン・ド・マンデヴィユの親方『歴史物語聖書』より「愚者と悪魔」

Getty Museum, MS. 1, V1, FOL. 284
Master of Jean de Mandeville " Historical Bible"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘシオドスの『神統記』によると、クロノスは母神ガイアと謀って、その父神ウラノスを鎌で去勢した神である。そして、自らもまたわが子に滅ばされるとの予言を恐れて、妻レアーとの間に生まれる子らをすべて飲み込んだ。恐れからわが子を「丸呑み」にしていたクロノスKronosだが、ローマの農耕神サトゥルヌスが習合され、よく似た名前の時間神クロノス(Chronos)との混同(あるいは同化の試み)を経て、やがて様々なアトリビュートを負わされていく。
時間を象徴するウロボロス、ドラゴン、砂時計、あるいは、大鎌、去勢、片足、義足、松葉杖。
占星術の一役を担うものとして、土星、磨羯宮の山羊、そして陰鬱で瞑想的な憂鬱気質・・・
子どもを口元へ運ぼうとする仕種もどこか儀式めいてゆき、万物を作っては壊していく、循環する「時間」の象徴絵図[「時の翁」へと落ち着いていく。

 

 

原初のクロノスの恐れを、今一度、現代にも通じる狂気によって、すさまじいまでに蘇らせた傑作は、周知の通り、ゴヤの黒い絵の1枚であるが、15世紀初頭の手写本に描かれたこの中世風の小さな挿画は、様々なシンボルがズラリと並んだサトゥルヌスより以前の、野卑で土俗的な人狼伝説にも通じる風体である。いったい、これらは、遠い昔にいつかどこかで目撃した、蛮族の食人の記憶なのであろうか。

 

BnFfrancais229_f7v

ボッカチオ『王侯の没落(名士列伝)』より「わが子を食らうサトゥルヌス」

Bibliothèque nationale de France, Département des Manuscrits, Division occidentale,  Français 229, Folio : 7v
Boccace,"De Casibus" (trad. laurent de premierfait)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Werwolf

ルーカス・クラナッハ(父)『人狼』
Lucas Cranach der Ältere, "Werwolf" 1512

Gotha, Herzogliches Museum (Landesmuseum)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明るいオリンポスの主神ゼウスも、食人を嫌った。父ウラノスを倒して飲み込まれた兄妹たちを救い出したという忌まわしい過去を持つゼウスであるから、当然かもしれない。リカオンが神を接待するために子どもの肉を供したと知り、すぐさま王を狼に変えて罰したという。
神話が醸成されていく昔、人身供儀の根強い風習と、それに抗う理知との葛藤が、どのくらい長い間続いたのか・・・そしてその葛藤は、人間の理性の下で果たして終焉しているのか。

Lycaon_turned_into_wolf-Goltzius-1589

ヘンドリック・ゴルツィウス摸写『狼に変えられるリカオン』

Anonymous after Hendrik Goltzius (Dutch, 1558-1617), Lycaon Changed into a Wolf, 1589.

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄ではサタンsatan(敵対者)となったルシファーが、最下層に閉じ込められて、3人の大罪人を永遠に貪っているという。その罰の過酷さが語ろうとするのもまた、食われることと同時に食うことへの昇華されない恐れであり、それはもしかしたら、黎明期ホモサピエンスの記憶であるのかもしれない。

 

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